「言葉」という名前の乗り物
言うまでもなく、英語は言葉です。
そして言葉は、人の思考や感情が乗った「乗り物」(vehicle)です。
乗り物だから、たとえば、その「速度」とか「実用性」などの観点から、乗り物の「運転」に点数を付けることはできるかもしれません。
でも、乗り物の「運転」に点数を付けても、そこに「乗っているもの」を評価したことにはならないと思うのです。
たとえば、シェイクスピアや、W.ブレイクや、A.C.スウィンバーンの使った「乗り物」や、その「運転」も好ましいですが、それよりも、そこに「乗っているもの」に、私は触れたいと思います。
「どぉも、シェイクスピアです。今月、ギガ使いすぎました」
そこに「乗っているもの」と、いま私は書きました。
それは手で触れることができないものですが、不思議な音や、映像や、香りまでも連れてきたりします。
たとえば、萩原朔太郎の詩を読むときと同じように。
「What’ up? 朔太郎です。健康にいいこと、やってる?」
英文を読むということは、そこに書かれたものの字義を、機械的に読み取っているのではない、と思います。
英文を読むということは、和文を読むということと、本質は同じであるはずです。
すなわち、私たちは英文を読んでいるとき、他者の、かたちになった「思想」や「思考」や「感情」などに、ふれているのです。
そう、私は思っているのですよ。
古人が心血を注いで書いた文には、それが和文であれ、英文であれ、何世紀も過ぎた今日でも、あたたかい血が通っているのです。
「読む」ことに力を入れます
英語を、不自由なく「読むこと」「書くこと」「話すこと」「聞くこと」、それらは、すべて大切ですね。
でも、たとえば英語を「話す」にしても、「書く」にしても、「話す」「書く」という行為自体ではなく、「何」を英語で話すか、書くか、という「内容」自体が、とても大事な気がします。
それと同時に、英語を「話す」にしても、「書く」にしても、まずは、英語を「読む」ことが大切だと私は考えています。
確かに、英語が母国語であったり、家庭で英語話者と暮らしているのであれば、まずは「耳」から英語を覚えるでしょう。
でも、ご存じのように、今の時代であっても、日本では通常、日常生活で英語を使うことは少ないと思います。
家庭や学校や職場で、日本人同士が英語を使って、日常生活をおくることは、まれではないでしょうか。
そうです、受動的に「耳」から入ってくる「英語の量」が、絶対的に圧倒的に少ないのです。聞いて覚える機会がないのです。
そこで私は以下のように考えています。
たとえば、日本で暮らし、日本語で生活する高校生諸君のように、限られた時間の中で、日常生活に使用しない「外国語」の学習をする場合は、まず、能動的に「読む」ことが、とても大切であろう、と。
さきほど私は、こう言いました。
英語を「話す」にしても、「書く」にしても、その行為自体ではなく、「何」を英語で話すか、書くか、という「内容」自体が、とても大事であると。
あなたらしさを表現する、話すべき何か(その際に使用する英語の表現)や、書くべき何か(その際に使用する英語の表現)は、その「英語の表現」を正確に「読む」ことによって、獲得されるのではないでしょうか。
自分が運用すべき、内容の濃い、大切な「英語の表現」を、「読んで」知っておかなければ、もちろん、他者の内容の濃い、大切な話を「聞く」こともできません。
もし、あなたの過ごす環境の中では、英語が自然に「耳」から入ってこないのであれば(それが通常ですが)、覚悟を決めて、英語を強制的に「目」に入れるのです。
そう、「読む」のです。まず、読んで覚える。
そして、「書く」「聞く」、必要があれば「話す」練習をする。
読むこと以外の、他の3技能も、もちろん大切ですからね。
このサイトは、基本的に高校生のみなさんを対象にしています。
したがって、まずは大学受験を念頭においた、英語学習の一助になることを目標にしています。
そのような理由で、英文を「読む」ことに徹底的にこだわっていきたいと考えています。
英文法についても、もちろんふれますが、それは「読むために必要な」英文法なのです。
あなたを歓迎いたします
そのような次第で、「虎のように英文を読む」講座を、ここで、一人静かに始めるのです。
パソコンに向かい、キーボードをたたくときは、今もそうですが、現在教室で教えている塾生の皆さんや、卒塾していった元塾生の皆さんのことが頭に浮かびます。
親愛なる、教え子の皆さんたち。
私と教室内で、貴重な時間を共有してくれる、あるいは、共有してくれた、大切な方々。
私が故郷を離れて、現在この町で暮らす理由と言える「あなたがた」。
そしてまた、ふと顔をあげて思うと、きっとこのPCの画面の向こうには今、私がお会いしたことのない、英語学習者の「あなた」がいらっしゃいますね。
「あなた」がもし、私が今日から、この場所で伝えようとすることに、耳を傾けてくださるのであれば、「あなた」もまた、塾生の皆さんと同じく、私の大切な存在となります。
そのような「あなた」を、親愛なる読者のあなた、と呼ばせていただきます。
そして、親愛なる読者のあなたが、いつの日か、「虎の諸君」の一人になることを心から望んでおります。
以下のページをごらんになっていただければ、少しだけおわかりになるかもしれませんね。
最後になりましたが、さきほど、このサイトは基本的に高校生のみなさんを対象にしていると書きました。
しかし実は、英文を読みたい方であればどなたでも、大歓迎いたします(本当)。
中学生のみなさんでも、やり直し英語の社会人の方でも、虎の諸君でも、イグアナの皆さんでも、どなたでも、当サイトは歓迎いたします。
高校英語から大学受験英語までの範囲で学習したい方であれば、そして英語に興味のある方であれば、どなたに対しても、私のこの英語塾の門は開かれているのです。(それと詩が好きな人に対しても)。
このサイトは、英文を読みたい方であればどなたでも、大歓迎いたします。
というわけで、可能なかぎり、最大限力をつくして、丁寧に解説したいと考えております。
それでは、ちょっと長めの「予告編」はここまでです。
― 予告編 完 ―