- 英文中の文脈の大切さ
- 文中で省略が起きている as ~as 構文(原級比較)の読みかた
S塾長:英語講師
御手洗(みたらし)くん:塾生
演習問題 ー『日の名残り』(カズオ・イシグロ著)
(問)以下の英文を和訳しなさい。
① I had rarely had reason to enter my father’s room prior to this occasion and I was newly struck by the smallness and starkness of it. ② Indeed, I recall my impression at the time was of having stepped into a prison cell, ③ but then this might have had as much to do with the pale early light as with the size of the room or the bareness of its walls.
『日の名残り』カズオ・イシグロ著
※ prior to ~「~に先立って」(≒before)(成句として前置詞と同じように使います)
成句(せいく)とは、 二語以上の語が習慣的に結び付いて、ある決まった意味を表す言い回しのことです。
※ starkness:殺風景であること(備品や装飾品が極度に不足していること)
まずは、自分で和訳を作ってみて下さい。辞書は使って構いませんよ。
演習する際の注意点として、伊藤和夫先生の次の言葉を心に留めておいていただけたらと思います。
学習が空まわりするのをふせぐため、まず問題文に対する自分の日本語訳を作ることで、問題文を自分がどう考えるかをはっきりさせて下さい。
ただし、分からない文章の場合、機械的に意味不明の訳を作ることは、諸君の日本語の感覚を破壊することとなって有害ですから、その場合は自分には何が分からないのかを問いつめてみるだけで結構です。
『ビジュアル英文解釈 PART1』伊藤和夫著
①の解説 ― 文脈の重要性
(1) I had rarely had reason
to enter my father’s room
prior to this occasion
and
(2) I was newly struck
by the smallness and starkness
of it.
読解
(1) 私はめったに理由を持たなかった
/父の部屋に入るための
/この時に先立って
そして
(2) 私はあらためて心を打たれた
/狭さと殺風景さによって
/その部屋の
和訳
(和訳例)
これ以前に、私が父の部屋に入る理由はめったになかったのですが、その部屋が狭くて殺風景であることを、私はあらためて痛感したのでした。
まず、strike を辞書で調べると、人の心理状態を示す表現としては「(人の)心を打つ」「~に感銘を与える」、「〈考えが〉(人の)心に浮かぶ」などの意味が載っています。
そこで再度、この英文全体に目を通して見ると、この第1文に続く、第2文の内容から次のことがわかります。すなわち、語り手は、父親の部屋の様子を目にしたとき、決していい感情を抱いていない。
それどころか、真逆の感情を抱いています。父親の部屋の外観から、なんと刑務所の独房を連想しているのですから。
さて、ここで考えてみましょう。
もし strike の和訳に、「(人の)心を打つ」「~に感銘を与える」などをあてたりしたら、「感動した」(いい印象を受けた)という文意を、読み手に与えるおそれがあります。
たしかに、「心を打つ」も「感銘を与える」も、「いい印象」に対してだけ、常に使われるわけではないでしょう。
しかし、誤った印象・文意を与えるおそれのある和訳は、可能な限り避けたい、と私は思うのですよ。
そこで、「心を打つ」や「感銘を受ける」などの和訳を、採用しないことにします。
また、この英文中の strike を、「〈考えが〉(人の)心に浮かぶ」という、単純な認識の表現として読むことは、適切ではないでしょう。語感が弱すぎます。
この英文に寄り添って思いを巡らせると、「驚きを含む衝撃」が、語り手の心(あるいは胸)を打ち、それが胸の内にしみ入るようなニュアンスが、行間から伝わってくるように思えます。
そこで私は、「心(あるいは胸)に、はっと(強い)衝撃を受け」(ショックを受け)、それが、しみじみと感じられた、という意味で「痛感」という言葉を選んだのです。
すなわち、英文中の語句の意味は、「その語句自体」が決めるのでもなく、「辞書」が決めるのでもなく、その文の前後関係(文脈)から決まるということなのです。
でもね、安心して下さい。このような考察が、入試本番の解答制限時間内に、受験生のみなさんに求められることは、通常ありません。
ただ、このような思考のプロセスを、親愛なる、虎の諸君の心に、留めておいていただきたい。ただただ、それだけの気持ちでお話ししております。
②の解説―文脈が見えないケース
Indeed, I recall(that)
my impression at the time
was (the impression) of having stepped
into a prison cell,
読解
実際、私は思い出す
/その時の私の印象は
/足を踏み入れた、という印象だった
/刑務所の独房への
※ I recall の後に接続詞 that の省略があります
他動詞 recall の後に、節(S V の構造)が続くことから、こう判断します。
→ recall that節「~ということを思い出す」
※ of having stepped の読み方(省略について)
of の前に the impression が省略されていると読んでみましょう。
※ having stepped の読み方(時制について)
この完了動名詞は、①述語動詞が表す時よりも以前のことを表すものではなく、②過去における完了形が動名詞化したもの、と私は読みます。
これは文脈上の判断です。もし①の解釈をとるなら、語り手は、父親の部屋に足を踏み入れた時(過去の出来事)よりも以前に、刑務所の独房に足を踏み入れたことがある(大過去の出来事)ということになります。
すなわち、語り手自身が、収監されたことがあるとか、もしくは、かつて刑務所の職員であったとかいうような、特段の事情があるならば、この解釈は成り立つでしょう。
これに対し、②の解釈をとるなら、過去のある時点において、そのときちょうど足を踏み入れたところである(ような印象を受けた)、ということになります。
この英文を読む際、原文のすべてに目を通していないことが普通です。したがって、文脈から切り離された、この短文のみを読むときは、①と②のいずれの解釈をとってもよいと思います。
もし、原文のすべてに目を通した経験があるのであれば、文脈上、②の解釈をとることになると考えます。
この英文は、2015年に熊本大学の入試で出題されましたが、上記のように文脈が見えない部分がある上、時代背景も不明なため、真摯に英文に取り組む受験生諸君ほど、苦労されたであろうと思います。
しかし、親愛なる虎の諸君よ、負けるな。けっして。
和訳
(例1)実際私は、刑務所の独房に足を踏み入れたという印象を、そのとき受けたことを覚えています、
(例2)実際、今も覚えているのですが、刑務所の独房に足を踏み入れたような印象を、私はそのとき受けたのです、
③の解説 ― as ~ as 構文における「省略」
but then this might have had as much to do with the pale early light
as with the size of the room or the bareness of its walls.
have A to do with B 「BとAの関係がある」
読解
下線部の英文は、以下の2文を合成して出来上がったものであると考えられます。
(1) This might have had much to do with the pale early light.
(直訳)このことは、明け方の青白い光と、大いに関係があったのかもしれない
(2) This might have had much to do with the size of the room or bareness of its walls.
(直訳)このことは、部屋のサイズやむき出しの壁と、大いに関係があったのかもしれない
このこと(this)に、関連したかもしれない(might have had to do with)事柄として、
the pale early light と
size of the room or bareness of its walls を
much(程度の大きさ)を基準にして比較します。
(1)This might have had much to do with the pale early light.
(2)This might have had much to do with the size of the room or bareness of its walls.
↓
手順1
副詞 as を比較の基準になる語 much の前に置く
(1)´ This might have had as much to do with the pale early light.
↓
手順2
接続詞 as を文頭に置く
(2)´ As this might have had much to do with the size of the room or bareness of its walls
↓
手順3
(1)´+ (2)´
This might have had as much to do with the pale early light as this might have had much to do with the size of the room or bareness of its walls.
↓
手順4
合成した文の後半部から、比較の基準語 much 及び前半部との重複部分を削除します。
This might have had as much to do with the pale early light as this might have had much to do with the size of the room or bareness of its walls.
↓
完成
This might have had as much to do with the pale early light as with the size of the room or bareness of its walls.
たとえば、We have nothing to do with the case.(我々はその事件と何の関係もない)いう文を考えてみます。
この with は前置詞であり、後続する名詞と結びついて、ひとつの言葉のかたまり(ブロック)を作ります。
We have nothing to do/ with the case.
このように、上の英文では、do と with の間に切れ目があります。
また同時に、the case は前置詞 with の目的語ですから、両者の間に切れ目はありません。逆に、両者は固く結びついています。
このような観点から、演習問題を見ます。
すると、 with the size of the room or bareness of its walls は、前置詞 with と、そのあとに続く名詞(句)が固く結びついていますね。
だから、with を切り離して、これだけを省略したりはしないのです。
以上をふまえた直訳
but then this might have had as much to do with the pale early light
as with the size of the room or the bareness of its walls.
しかし、そうであるならば、このことは、部屋のサイズやむき出しの壁に関係していたのかもしれないのと同程度に、青白い早朝の光が関係していたのかもしれなかった。
和訳
(例1)しかし、そうであるならば、このことと関係していたのは,部屋の広さやむき出しの壁だけでなく,早朝の淡い光であったのかもしれません。
(例2)しかし、そうだとすれば、これには、部屋の狭さやむき出しの壁だけでなく,早朝の淡い光が関係していたのかもしれません。
【本日の講義終了】