2013年、福岡県北九州市の門司港レトロ地区にて撮影。
私の好きな場所の風景です。
ようこそ
自己紹介
私の職場(1F教室)
ようこそ、このページにいらっしゃいました。お会いできてうれしいです。
はじめまして。私はこのサイトを運営しております、そゆ塾長と申します。名漫才師の博多華丸・大吉さんと同じ、福岡の出身(博多っ子)です。
現在は、縁あって宮崎県都城市に移り住み、この町で9年近く、個別指導の塾講師をしております。
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私は職場で「塾長」と呼ばれています。しかしそれは、たんなる呼び名か、ニックネームみたいなもので、あまり意味はないと、自分では思っています。
職場では、「塾長」とか「艦長」とか「船長」とか、何か呼び名があったほうが、「すいません、ちょっと」とか、「ねえ、おじさん」とか呼ばれるよりも、いいかな、ってくらいの感覚です。
そういう次第で、たまたま私は「塾長」と呼ばれ慣れているので、このサイトでも「塾長」で通したいと思っております。
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塾での私の指導科目は、主として高校英語です。なお、ここだけの話ですが、英語以外の「裏メニュー」の授業もあります。というか、「ここだけ」って、ウェブ上でなにを言ってるんでしょうかね。
いろいろ書いてたら、なんだか、このサイトでは「塾長」よりも、「船長」と名乗ったほうが、かっこいいかなって、気がしてきました。(名乗りませんけどね)
パイレーツ・オブ・Miyakonojo
(注)都城市は盆地なので、海賊はいません。
この仮想空間に新校舎を
私は塾で個別指導を行っています。教えるときは常に1対1の状態です。
そのような次第で、私が一日に担当できる生徒さんの人数は、極めて限られています。平日であれば、一日に4人までしか教えることができません。
私の指導方法は、医療行為にたとえて言うなら、輸血に近いものです。英文の読み方、英語の考え方を、相手に注ぎ込むように1対1で行います。
一人で二人以上の相手に、同時に輸血することはできません。だから、私は二人以上の相手に、同時に授業をすることはありません。それが私のやり方なのです。
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そんな私は、ある日ふと思いました。もっとたくさんの生徒さんに教えたいなぁ。でも、塾では無理だしなぁ…。
いやそうだ、確かに個別指導はこれ以上無理だとしても、インターネットという仮想空間に新校舎を作って、そこから情報を発信したらどうなるだろう。
もしかしたら、日本中の高校生のうちの誰か一人くらいは、あるいは中学生でも、浪人生でも、社会人でも、どなたでもかまわない、ちょっとくらい読んでくれるかもしれない。少しは、誰かの役に立つかもしれない。
そう思うと、なんだかわくわくしてきました。そんなわけで、私はブログを立ち上げることを決心したのです。
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しかしこれは、ブログやホームページなどに関して、まったく知識ゼロ状態からのスタートでした。私、ブログのこと、なんにも知りませんでした。
ブログって、どうやって作るの? どこに申し込んだらいいの? どこかに並ぶの? けっきょく、ブログってなに? みたいな感じでスタートを切ったのです。
本を読みまくりました。Googleで検索しまくりました。相談する人もなく、独学ゆえに、試行錯誤の連続で、迷走する日々が続きました。ずいぶん遠回りした気がします。
そしてようやく、形になりかけてきました。それが今日この瞬間です。
というわけで、再度、はじめまして、みなさん。お会いできてうれしいです。うれしいから、何度も言います。このサイトの、このページを読んでくださって、本当にありがとう。
虎のように英文を読む
牡蠣(かき)
さて、これが最後のお話です。シオランという人の言葉をご紹介します。
「一個の牡蠣(かき)は、貝殻を作るのに、体重の5万倍もの海水を体内に通す」
(シオラン)
これは私の好きな言葉の一つです。かつて私は、この言葉を大切な教え子の一人に贈ったことがあります。
この言葉は隠喩として、たとえば、以下のようにも解釈できるでしょう。
牡蠣とは「人間」のこと。
貝殻とは「思考」や「思想」や「哲学」あるいは「人格」などのこと。
海水とは、たとえば「書物」、あるいは全ての「学問」や「芸術」などのこと。
自分は生涯に、どれだけの海水を体内に通すことができるだろうか。私はいつも、そんなことを考えています。
書物も、詩歌も、和文も、英文も、私にとっては海水。すべては同じこと。
私は海水を体内に通し続ける。
見事な貝殻を夢見る、牡蠣のように。
私は読み続ける。
書物を、詩歌を、和文を、英文を。
けっして満足しない、虎のように。
だから私は……
さて、あなたは、いかがですか?
よろしければ、この場所で私とご一緒に。ぜひ。
ごきげんな虎